あの頃の競馬~1992年その2

競馬のハナシ
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ダービー

前回は、1992年当時の競馬ファンの様子を知るサンプルとして、私が競馬場へ行く時の話を書いたが、まだ第一レースが始まっていないところで終わっているので、いよいよ本丸となる競馬場での話をしようと思う。

時は1992年の5月31日、この日は競馬の祭典、第59回東京優駿(日本ダービー)が行われる競馬関係者にとって特別な日であるが、その日、私は京都競馬場で観戦していた。

1番人気は、無敗で皐月賞を制した「坂路の申し子」ミホノブルボン。前の年のトウカイテイオーに続く、無敗の2冠馬となるかどうかに注目が集まった。

単勝オッズは2.3倍。無敗の皐月賞馬にしては高いオッズであるが、これは、産駒の活躍が短距離に限られていた父マグニテュードという血統背景からくる距離不安、ダービーでは勝ちにくい逃げという脚質、そしてその脚質には不利と思われる15番という枠などが原因であった。

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ミホノブルボン

ミホノブルボンの父、マグニテュードは父に大種牡馬ミルリーフ、母にオークスなどイギリスでG1を2勝したアルテッスロワイヤルを持つ良血馬であるが、当時の扱いは、有馬記念などG1を3勝し年度代表馬にも選ばれたイナリワンや、オグリキャップを破って宝塚記念を制したオサイチジョージなどを輩出した人気種牡馬、ミルジョージの代替種牡馬であった。

代替種牡馬とは、本来種付けを望む種牡馬の人気が高いため権利が取れなかったり、種付け料が高額のため、その代替として用意される血統構成の似た別の種牡馬であり、サンシャインフォーエヴァーの代替として導入されたが、三冠馬ナリタブライアンや有馬記念などG1を4勝したマヤノトップガンなど、次々と活躍馬を輩出した大種牡馬ブライアンズタイムなどの例外を除き、一般的には種牡馬成績は落ちる。

そんな代替種牡馬が、ミホノブルボンのような名馬を生み出すことも競馬の不思議さでもあり魅力でもあるが、ミホノブルボンに至ってはその母の父シャレーも、ビゼンニシキなどを出したダンディルートの代替種牡馬であり、このミホノブルボンの血統表でしか見ることができないほどの零細種牡馬である。

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坂路

そんなミホノブルボンは、血統から言えば突然変異とも言える強さであったが、もうひとつその強さには、戸山調教師によるハードトレーニングと、当時は最新の設備であった「坂路」によるものという側面があった。

1985年、栗東に設置された坂路コースであるが、導入当初その効果は未知数であり、使用する調教師にしてもその使用方法は手探りの状態であって、あまり活用されることはなかった。

しかし、坂路による育成方法が確立され有効活用されるに至り、その効果が絶大であることが関西馬の活躍を通してはっきりと分かってきた。

その効果が最も顕著に表れ象徴的となったのが、他でもないこのミホノブルボンの活躍であり、前年1991年のトウカイテイオーとこの年の1992年のミホノブルボンのダービー制覇を境に、競走馬の勢力図は東高西低から西高東低に変化し、それは長く今も続くこととなった。

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西高東低

なお、それまではダービー馬と言えば関東馬であり、1990年にダービーを逃げ切ったアイネスフウジン以前のダービーはずっと関東馬が制しており、その中には1983年のミスターシービー、翌1984年のシンボリルドルフという2頭の関東馬である三冠馬も含まれていて、強い馬は関東にしか現れない状況であった。

ちなみに、それ以前の関西馬のダービー馬はと言うと、1982年のバンブーアトラスにまで遡らなければいいけない。「アグネス」の冠号とともに、関西のオールドファンには懐かしい「バンブー」の馬である。

そんな西高東低の状況を、関東だって黙って見ている訳ではなく、遅ればせながら1992年に美浦に坂路を設置するが、それは栗東に比して規模が小さく勾配も緩やかであったと言う。しかし、もはやその時点では設備の差などは大きな問題ではなく、有力馬そのものが関東に預けられることが無くなってしまっていたという。

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レース

前置きが長くなったが、ダービーに戻ろう。

ミホノブルボンに続く2番人気は、皐月賞2着でトライアルのNHK杯を勝ったナリタタイセイ(単勝オッズ6.0倍)で、3番人気は弥生賞、皐月賞で共に3着となったサクラセカイオー(単勝オッズ6.8倍)。

この頃はまだ「サクラ」のブランド力というのは相当なもので、サクラの名前で始まる馬イコール良血、そしてクラシックで活躍するという図式を、ファンの誰もが描いていた。

続く4番人気は、惜しくも早逝した岡潤一郎騎乗の、すみれSと青葉賞を連勝したゴールデンゼウス(単勝オッズ11.7倍)。そして、5番人気はシンザン記念を制し皐月賞で最後方から追い込み5着とした、何かやってきそうな田原成貴のマヤノペトリュース(単勝オッズ12.8倍)。

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メンバー

他の人気どころでは、G1を2回2着となったセキテイリュウオー(7番人気)や、こちらもG1を勝てなかったが長く重賞で活躍し、ノーザンテースト産駒最高賞金獲得額(5億1752万)となったマチカネタンホイザ(8番人気)などが出走しているが、大活躍をしたとまでは言えないだろう。

しかし、このダービーの時には単勝万馬券という全く人気の無かった馬が、そのダービーで穴馬券を演出し、更には後に大活躍をしている。

その馬とは、悲運の名馬「ライスシャワー」である。

続く

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