あるギャンブル依存症患者の日記~その3

あるギャンブル依存症患者の日記
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狂乱の4号機

当初は小遣いの範囲で出来ていたギャンブルが借金につながるなでになってしまったのは、お決まりのパチスロの4号機からである。社会問題にまでなったから、スロを打たない人でも吉宗やゴッドの名前は聞いたことがあるかもしれない。

しかし、私は吉宗とゴッドはほとんど打っていない。吉宗は本格的に打ったのはたったの1回で、その日はビッグ20回引いたのになんとガキーン(連チャン)ゼロで負けるという酷い有様。そしてゴッドは1ゲームも打っていない。ちなみに北斗(初代)は、あれだけ打ったのに昇天なしというから、弱すぎる。

私は結構目押しもできる方であり、更には大の山佐ファンでもある。そして、パチスロの醍醐味は目押し、滑り、リーチ目だと思っている。毎ゲーム左リールにバー下段、右リールフリーでスイカ聴牌なら中リール目押しというのをやる人間だ。

なので、それらを全く排除したゴッドは流石に打つ気にはなれなかった。じゃあ何を打っていたのかというと、まあ色々だ。では、覚えている限り、その時その時で私のハマった台を紹介しよう。

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黎明期

4号機と言えば、獣王・アラジンAに代表されるAT機と、吉宗・北斗に代表されるST機を思い出すところであるが、この2つは出玉を追求した開発者のアイデアによるところが大きく、当初4号機の目玉と言えばリセットが不要となったことであった。

今のファンには信じられないだろうが、3号機までのスロットは1度ビッグを引き完走して360枚ほど出したら、店員を呼んでリセット(台を空ける鍵を台に挿して捻っていたような)しなくては打てなかった。

そして、基本的には1回交換だったので、1回ビッグを引くと、店員を呼んでリセットを頼み、自分はコインを箱に入れて流す。当時はレシートでは無く2センチくらいの幅で20センチ長の穴がパンチされた紙だったので、それを財布に折って入れる。そして、また現金を使いコインを買う。

これで7.2枚交換(コインを買うときは1,000円で50枚(1枚20円)、売るときは360枚で5,000円(1枚14円弱))だったのだから、そりゃ負けるよね。これは私の打っていた大阪の話だが、関東は当時から連続遊戯が可能で等価交換だったという噂で、うらやましく思ったものだ。

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カエル

そしてこの4号機の黎明期には、今のジャグラーどころではない、スロ屋のシマを埋め尽くす超ヒット台が君臨していた。それがあの「ニューパルサー」である。当時はスロと言えばニューパルで、スロ屋のパチスロの5割、いや7割、というかパチスロは、ほぼニューパルだった。

もちろん、山佐好きの私がハマらない訳が無い。いや、この頃はスロ好きの若者も、ジジイもババアもみんな打っていた。今考えれば機械割は辛く、ドットも液晶も無いリーチ目オンリーの台で、玄人向けだと思うのだが、ここまで市民権を得てヒットするとは思わなかった。

初打ちは、当時住んでいた大阪の某市(現政令都市)のスロ屋で、やはり満員の中、空いた台を確保。すると、隣のおばちゃんは明らかに入っている。毎ゲームのように左リールにチェリー付きボーナス絵柄で、右リールにも同じ段又は対角線上にボーナス絵柄がいる。

そして私に「兄ちゃん、押して」と頼むのだ。初ボーナスが隣のおばちゃんの台ということになるが、7を押しても揃わない。「カエルかなぁ」とおばちゃん。ニューパルあるあるである。もちろん、フラグは7もカエルも同じなので、BARである。そして、BARを揃えたら怒られた。スロットあるあるである。

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4号機初ビッグ

そして、とうとう私にも初ビッグが到来!なんと、生入りである。山佐好きの私であるが、リーチ目を楽しむべきところ、聴牌したら身体が勝手に狙ってしまうからだ。そして、初ビッグはカエルだった。そしてビックリしたのが、音の良さ。さすが、初のFM音源である。

で、BIG終了後に店員を呼んだら言われた。リセットいらんで。そして続けて打てるでと。驚きと喜びが同時にこみ上げた。しかし、結局、そのまま飲まれたのであまり意味はなかった。

その後は、毎日毎日、カエルの日々で、平日は仕事終わりから閉店まで、土日は朝のモーニングから閉店まで、ずっとニューパルを打っていた。しかし、最高でも出したのは5,000枚くらいだったから、勝ち負けで言うとやっぱり負けてたなぁ。

そして、花火や大花火、クランキーコンドルなどに少し浮気するものの、しばらくはほぼカエルとの日々が続いていた。しかし、数年度に発売される革命的4号機の登場により、カエルは卒業することになる。その台とはスロットの王ならぬ獣の王、「獣王」である。

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