男の涙
子供と動物の出ている映画ではほぼ泣いてしまうという私であるが、スポーツ観戦で泣くという事はあまりない。1985年の阪神の日本一では、当時高校生だったこともあり、はしゃいで騒いだだけだったし、ドーハの悲劇や錦織圭がチリッチに負けた全米OPの決勝も、心では泣いていても涙が出ると言うことは無かった。
しかし、オグリキャップの引退レースとなった有馬記念。これだけは涙が止まらなかった。あの時、私は京都競馬場で友人と二人してターフビジョンで見ていた。自分がどんな馬券を買っていたかは覚えていないが、オグリキャップを買ってはいけない、期待してはいけない。
何か、そういう気持ちが働いており、オグリキャップは応援しない、いや、もう出ていないのと考えなきゃいかんと、目を背けていたのを覚えている。期待すればするほど悲しくなるから。特に引退レース、鞍上は武豊ということで、余計に期待してはいけないという気持ちが働いていた。
最後の直線も、本当はズブズブと負けてほしかった。変に先頭に立ったりすると期待してしまうから。そして、本当にそうなったのだが、頑張れ頑張れというよりは早くあきらめて後退してくれとばかり思っていた。
休養中
私が初めて買った馬券は、デビュー3年目の武豊が騎乗した野武士イナリワンの買った天皇賞である。もちろん、馬券は外した。武豊にとっては伝説の始まりであり、私にとっては負け人生の始まりとなるレースであった。
オグリキャップは前年度の有馬記念を勝った後、休養をしている時期であり、私はその時は存在さえ知らなかったし、世間一般的にも後に社会現象となるほどの認知度と人気はまだ無かったように思う。
なお、この時までのオグリキャップは、地方で無双した後に4歳(現3歳)時に中央入りして重賞を6連勝し、秋の天皇賞で同じ芦毛の怪物、7連勝中の古馬タマモクロスと対決する。
天皇賞秋はタマモクロス1着、オグリキャップ2着、ジャパンカップはタマモクロス2着、オグリキャップ3着(1着は外国馬ペイザバトラー)、そして有馬記念はオグリキャップ1着、タマモクロス2着と死闘を繰り広げる。
この時点では、古馬の最強馬タマモクロスと比肩する最強4歳馬だが、クラシック登録が無かったため、ダービー馬になり損ねた悲運の馬という程度で認知されており、あくまで競馬ファンにのみ知られた存在であった。
私の初見
そして、私がオグリキャップを初めて見たのが、オグリキャップが古馬になって初めてのレースとなるオールカマー。単勝オッズはなんと1.4倍。休み明け、決して得意とは思えない2200mという距離。私は敢えてオグリキャップは買わなかった。
結果は楽勝で、私はこれは逆らえないと反省した。しかし、このレースを見て強さは認識したものの、後に涙を流すほどの思い入れは生まれなかった。オグリキャップが不世出のアイドルホースとなり、私も魅了されたのは、次の毎日王冠からである。
奇跡の始まり
ここからは、引退レースまで辿ってみたい。
毎日王冠
この年の、そしてオグリキャップのベストレースとも言われる伝説の毎日王冠である。私はこれをリアルタイムで見ていたのだが、本当に震えるようなレースだった。このオグリキャップとイナリワンの100mに渡る直線のたたき合い、そしてオグリキャップのハナ差勝ち。本当に興奮した。
天皇賞
武豊のスーパークリークに負けて2着。オグリキャップの鞍上は、この秋のレース全てに騎乗した南井克巳。正直、このレース、鞍上が逆なら着順も逆になっていただろう。
マイルCS
またしてもオグリキャップの前に立ちふさがる武豊とバンブーメモリー。オグリキャップとの2頭の枠連(ともに単枠指定)は180円。4コーナーでまたしても抜け出した武豊にやられたと思った。そこから南井の鞭が何発飛んだことか。ハナ差抜け出したところがゴールだった。このレースも、武豊がオグリキャップに乗っていたら楽勝だったろう。
ジャパンカップ
先週のマイルCSから連闘で挑む。1600mと2400mのG1を連闘。まあ、今なら大炎上して取消しせざるを得ないだろう。そんなレースでレコードで勝ったホーリックスの2着。化け物だ。
有馬記念~有馬記念まで
この年の有馬記念は5着。そりゃ疲れも出るだろう。よく5着にきたもんだ。翌年の初レースは安田記念。鞍上はライバルだった武豊。まるで調教のようなレースで大楽勝。やはりマイルでは敵無し。
続く宝塚記念。鞍上は、後に殉職する売り出し中の岡潤一郎。海外挑戦への壮行レースだったが、ここで2着に敗れる。私は改装前の阪神競馬場で生で見ていた。敗れたレースほど印象に残っているのは、本当の名馬の証だろう。
敗れたことで海外遠征は無くなり、秋は王道を歩む。しかし、鞍上を増沢に据えた天皇賞、ジャパンカップは6着、11着。増沢とは合うはずが無いが、敗因はそれよりも力の衰え、歴戦のツケだったろう。
引退レースとなった有馬記念
酷いローテーション、コロコロ変わる鞍上、まるでおもちゃのように扱われたオグリキャップ。引退レースとなった有馬記念では、安田記念で楽勝した武豊を鞍上に据える。
もう、走ってほしくなかった。休ませてあげたいし、何せもう無様に負けるのを見たくない。そして、武豊を乗せることも、いかにも客受けを狙ったとしか思えなく、私は正直不快だった。もちろん、武豊もオグリキャップも好きだからこそだ。
だから、その有馬記念は、オグリキャップは出ていないものとして私は見ていた。もう、スタートから後方でそのままでいい。無事に引退して、これからは自分の好きなように牧場を走り回ってほしかった。
勝った瞬間は本当に信じられなかった。本当に奇跡だと思った。いや、本当に奇跡だったと思う。ペース、レース展開、全てがオグリキャップに味方した。もう、力では10回に1回勝てるかどうかだった筈だ。その1回がここで来た。
もう、こんな馬は二度と出現しない。というか、あり得ない。そんなオグリキャップを見られたことは幸せだった。
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