ギャンブル精神論~その2「予想より大事なもの」

ギャンブル
スポンサーリンク

麻雀にハマる

私が最初にその名前を聞いたのは、高校生の頃に購読していた「近代麻雀オリジナル」だったと思う。小学2年の頃から家族麻雀をしていた私は、高校生になって友達とやりだしてからはハマりにハマり、ほとんど毎日麻雀を打っていた。

平日は部室で紙マージャン、土日は友達の家で朝から晩まで麻雀三昧、ゲーセンでも麻雀。そして「近代麻雀オリジナル」などの雑誌、「雀鬼五十番勝負」など阿佐田哲也(色川武大名義の本は読んでいない。)の小説なども読み漁った。

漫画「はっぽうやぶれ」の主人公「花島タケオ」に憧れ、小三元で一度上がった手を大三元にして上がった事もあるし、「哭きの竜」に憧れて裸単騎にして、オープンリーチに振り込んだりもした。

「はっぽうやぶれ」の作者は、その後「沈黙の艦隊」などで大ブレークし、今や大御所となった「かわぐちかいじ」である。漫画家となってから最初の10年は鳴かず飛ばずであったが、「はっぽうやぶれ」「プロ」などの麻雀漫画から売れ始め、今の地位を築くに至った。
「はっぽうやぶれ」は、特に私のオススメ。是非、一読を。
スポンサーリンク

雀鬼たち

同じように、実在の人物にも憧れた。「はっぽうやぶれ」の主人公「花島タケオ」のモデルである「小島武夫」の華のある麻雀、阿佐田哲也の生き方そのものに憧れた。

そして、桜井章一である。小島武夫、阿佐田哲也が表とすれば、桜井章一はまさに「裏」の存在であり、そのイメージは「イカサマ」と「代打ち」であるが、高校生の頃はそういうアウトサイダーに言い難い魅力を感じるものだ。

当時、桜井章一の紹介は「20年間ジュク(新宿」で無敗の男」というもので、それはおそらく「イカサマ」を使ったではなく、ヒラの実力であり、その伝説的な強さに憧れと脅威を抱いていた。

スポンサーリンク

桜井章一

その後、桜井章一は代打ち稼業からは足を洗い、「雀鬼会」を作り「雀鬼流」を指導する。この「雀鬼流」というのが、麻雀を打つ際の「第一打の字牌切りの禁止」など細かい取り決め以外に、日常生活の矯正や自己啓発の意味が強い決まりがあり、それは他のギャンブルや生活にも活かせるものとなっている。

そして、桜井章一自体も、2004年あたりからは「自己啓発」関係書籍に携わるようになり、「雀鬼」の面影は消えていくばかりであるが、やはりその根底にはギャンブルで培った「生き方」があり、その考え方は「必勝法」に繋がっていく。

その桜井章一にまつわる話は人智を超えたものばかりで興味を引く(Wikipedia 桜井章一)が、最も私が印象に残っているのが、例の「近代麻雀オリジナル」に連載していた名作「スーパーヅガン」にあった話である。但し、本当にその漫画だったか(片山まさゆきの漫画には間違いないと思うが。)、内容も本当にそうだったか全てうろ覚えなので、最悪、桜井章一とは全く関係ないかもしれない。

スポンサーリンク

印象に残ったエピソード

主人公の豊臣秀幸は、腕はいいが驚異的に「ツキ」の無さすぎる男。その男がジュクで20年間無敗の桜田門外(もちろん、モデルは桜井章一)の打ち方を真似しようとする場面。

桜田門外は言う「俺たちは牌なんて見ていない。人を見ている。例えば、対面の男が次にいつ何をするかを考えるんだ。その男は次に牌を切ったら、お茶を飲むだろうとかね。」

それを思い出した豊臣、「あの男は次にタバコに火をつける。そのはずだ。」と。そしてその男を見つめる。男はタバコを取り口にくわえる。そして火をつける。「当たった!」と同時に豊臣の切った牌で、そいつが「ロン!」確かに当たった。という話。

オチは別として、「牌など見ずに、周りの状況を確認し、次の起こるであろう事を予測する。」というのが斬新だった。要するに「勝負に大事なのは、小手先の技術ではなく、周りの様子を見られる余裕から生まれる集中と、そこから引き出す結論の確かさを確認することで自分の「ツキ」「運」を見極める力。」なのだと私は思った。

スポンサーリンク

勝負に大事なもの

実は、博打は押し並べて下手の横好きである私であるが、麻雀は強いと自負している(今はもうダメ。)高校の修学旅行での大会も40度近い熱がありながら快勝したし、会社の仲間内で月締めで精算していた麻雀も2年近く負けなしだった。

ちなにみ、北斗では昇天(※)した事は無いし、スロで万枚も毎日のように打っていた割にたったの1回しかない。それもベティ・ブープだ。吉宗では、1日にBIG20回でカキーン無しもあった。

※ 北斗とは初代パチスロ「北斗の拳」で、20連チャン以上すると見られる演出。私は当時毎日のように打っていたのに、結局17連が最高だった。

そんな私が、麻雀だけは強かったのは、家族麻雀で小学校2年生から鍛えた力からか、打牌はほぼノータイムであり、牌の組み合わせによる最善手よりは、流れに任せて直観のままに捨て牌を決めていたことや、捨て牌の検討に力を割かない分、常に周りをよく見ていた事が原因だと思っている。

その周りを見ることについても、敵である3人の捨て牌だけでなく、むしろ雰囲気を見ており、聴牌(テンパイ)したとか良い手牌か悪い手牌かなどを、おおよそ想像はしていた。

スポンサーリンク

他のギャンブルへの応用

「細かい技術よりは集中力や周りの状況を見る」という事については、競馬などに応用するとすればそれは「予想よりも、運やツキといった、その時の自分の状況を見る」ということに他ならない。

そもそも、予想などは誰がやってもそんなに差は出ないため、過剰人気の馬やレーサーでもいない限り、オッズ=予想印と思って差し支えない。極端に言えば、人気どおりに決まりそうなレースなら、予想は飛ばして人気どおり買えばよい。

あとは「人気どおりに決まる」と考えた自分の状態を判断し、「運やツキがあり集中力もある」時はその通りに買えばいいし、そうでない時なら「買わない」又は「逆を買う」という買い方である。

その「自分の状態を計る」ために、周りの状況を見て予測をするのだ。新聞や出走表ではなく、例えば空を見て雲の動きを予測してもいいし、近くに人がいるなら、その人の動きを予測してみてもいいだろう。

実際には、その事がギャンブルの成績に反映されるかどうかは難しいところであるが、少なくとも「ドツボ」状態にハマった時に自分を止める事はできるだろう。

資金稼ぎは「ポイ活」で。元手ゼロ!
手出しゼロで利用できる♪話題のポイ活始めるならモッピー!
ギャンブル
スポンサーリンク
シェアする
ペルーサをフォローする
振り向くな、後ろには夢がない

コメント

タイトルとURLをコピーしました