ギャンブル精神論~その3「ギャンブルの格言」

ギャンブル
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博打に関する格言

ギャンブルについての格言は多い。古来より誰ともなく伝わるもの、伝説のギャンブラーの有名な発言、そして、日本では大の競馬好きであったという文豪「菊池寛」の随筆や、競輪をこよなく愛した雀聖「阿佐田哲也」、日本人として最も有名なギャンブラー森巣博(もりすひろし)なども、格言と言える名言を多く残している。

その言葉は、ギャンブルをするものにとっての指針となり、博打の勝敗に直接的に係わるものであると同時に、博打だけに留まらず、人としての生き方をも教えてくれる。

そんなギャンブラーたちの名言の類は、今や「カイジ」などに代表される博打マンガや博打小説の主人公たちの言葉にも引き継がれ、今の若い人たちの中には、カイジの発した言葉を座右の銘として、生きる指針にしている者もいるようだ。

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ギャンブルは精神力

ギャンブルの目的は、いうまでもなく「博打に勝って金を稼ぐ」ことである。よって、そこには確たる「技術」が必要である事は言うまでもない。しかし、その「技術」を活かすも殺すも結局は「精神力」であって、100の技術があっても「精神力」がゼロでは100の内の半分の力も発揮できない。

これはスポーツや仕事でも同じ事で、とくにスポーツ選手などでは、誰もが認める「技術」があるにもかかわらず、精神力の弱さによってそれが発揮できず、大成できなかったという話には枚挙に暇がない。

特にギャンブルに至っては、命の次に大事な「お金」が直接的に動くこともあり、「技術」より「精神力」の方がその成績を大きく左右する。そのためか、格言として知られるもののほとんどが、博打に関する技術的な事よりも、精神的な事について言及したものとなっている。

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馬券に大切なのは精神力

芸人としてよりギャンブラーとして名を馳せるインスタントジョンソンの「じゃい」は、芸人としての収入の数倍を博打で稼いでいるともいい、WIN5では2012年12月に3,700万円、2014年1月には4,332万円と超大穴を2回も当てているが、突拍子もない予想をしている訳ではなく、天才的な「技術」を持っている訳ではない。

彼が博打に勝っている秘訣は、その押し引きや外連(ケレン)味のない勝負処での賭け方である部分が大きく、やはりギャンブルの勝敗は「技術」より「精神力」にある事が分かる。

特に、これは結果が出ていること、自分に自信があることからできるのであろうが、「勝ちを急がず、予想や買い方に揺るぎが無い」事が勝ちに繋がっていることが見ていてわかる。

私のような小物は、前日予想で自信満々だったメインレースの予想が、午前中と昼過ぎからの酷い有様のせいで自信に陰りが現れ、結局は新聞どおりに買ってしまい、挙句の果てには自分の予想どおり決まって馬券が外れるなんて事が何度あったことか。

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我が馬券哲学

では、文豪「菊池寛」の随筆「我が馬券哲学」を見てみよう。この随筆は28の箇条書きになっていて、精神論だけでなく具体的な馬券技術にも言及しており、昭和35年に発表された古いものであるが、現代の競馬にも全くもって当てはまる素晴らしい名文である。

中でも有名なのは、その中の一節「情報信ずべし、しかもまた信ずべからず」だが、これは情報の溢れた今でこそ真理といえる。また、具体的なものとしては、「甲乙が実力・人気とも拮抗しどちらが勝つか分からない場合は、第3人気の馬を狙え(要約)」などと言ったものもある。

中でも私の最も気に入っている一節が「損を恐れ、本命ばかり買う。損がそれほど恐ろしいなら、馬券などやるな。(要約)」というもので、気に入っている割に、これが本当にできない。やはり、悲しいかな、私は博打には向いていないのだろう。

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その他の格言

では、その他いくつかの名言を紹介しよう。

阿佐田哲也

「落ち目の人の逆を行け。それがギャンブルの鉄則だ。」

これは然(さ)もありなんだが、その「落ち目の人」が自分である場合が難しい。私もよく思う。ここまで負けてきた自分の予想、これを外して買えばいいのではないか?と。ただ、そう思って予想すると「その予想を外して買う」事を前提にしてしまうので、裏のウラとなって結局外してしまうのだ。無念。

森巣博

「勝負では2回目のミスが致命傷となる。」

これも実感として分かる。しかし、凡人は1回目のミスをすぐに取り返そうとして焦り、本来慎重となるべき次の賭けへの向かい方が、最も弱くなってしまっている。こうなると、当たるものも当たらない。そして、その2回目のミスは致命傷となり、運は逃げ波は去ってしまう。残念。

ウォーレン・バフェット

最後は、ビル・ゲイツに次ぐ世界2位の億万長者である投資家のウォーレン・バフェットの言葉で締めよう。最後が博打打ちでなく投資家なのは、「投資と投機(博打)同じもの」という私の考えからである。

「辛抱強さや冷静さは、知能指数よりも重要かもしれない。」

この言葉は、私を諫めてくれるだけでなく、私を勇気づけてくれる。知能指数は重要ではないのだ。しかし、後に儲けた者が続出し、カジノが禁止令を出すまでになった、ブラック・ジャックにおけるカードカウンティングを開発したエド・ソープは数学の教授なんだよなぁ。

やはり、知能指数もある程度は必要なのかもしれない。残念無念。

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