私のギャンブル履歴書~その2 名機バニーガール

私のギャンブル履歴書
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バニーガール

私が本格的に打った初のパチスロ、バニーガール。オールドファンには懐かしい、2号機きっての名機である。心躍るビッグ中の「草競馬」、胸がときめく小役の集中、そして熱いズレ目。

筐体のデザインとゲーム性の高さから、当時はかなりの人気で、私の行きつけのパチ屋のほとんどに設置されており、客付きも良かった。

しかしら今のように情報網も発達していなかったこともあり、当時はあまり意識せず打っていたが、設定3でも機械割が96.9%という、まるで山佐の台のような極悪設定であり、しかも当時は1回交換の7.6枚だったから、負け続けていたのも頷ける。

※ ちなみに他の設定は、設定1 89.3%、設定2 90.7%、設定4 101.8%、設定5 106.3%、設定6 114.2%である。

※ 1回交換:今の人は信じられないかもしれないが、当時はビッグ終了後は出玉を全て交換し、また現金を使ってメダルを買うところからスタートしなければいけなかった。

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その楽しさ

あと、リーチ目表なるものが貼ってあり(ストップボタンのあたりだったような)、左リールに7とベルと星(丸と星を合わせたマーク、揃えばレギュラー。)、中リールの中に星という出目(うろ覚え、レギュラー確定?)と、左下段か下段に7で中段にプラム揃い(確か、信頼度95%という謎の数字が書いてあったような記憶がある。今考えると成立後に出るリーチ目なのだろう。)という出目だったように思う。

ただし、当時の私は7を目押しして生入りさせるのが大好きで、基本的に毎ゲーム全リールに7を目押ししており、リーチ目など出る前に7を直接揃えていた。

その7が揃った時の「バチッ!」という感触とファンファーレ、これが最高に気持ちのいい台だったのが、このバニーガールであった。

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オリンピア

そのバニーガールを生み出したオリンピアは、今は平和と提携してルパンや銭型、アントニオ猪木の続編などでお馴染みであるが、この2号機のバニーガールとその続編スーパーバニーガールの頃が全盛期だった。

とはいえ、メーカーとしての全盛期を過ぎた4号機時代も、コンスタントに南国物語・南国育ちや島唄-30・島娘-30といったスマッシュヒットも飛ばしている息の長いメーカーである。

その中でも私が好きだったのが「無音を聞いた」という名言を生み出した4号機「ホットロッドクイーン」で、ぶっちゃけ言うほど打ってはいないが、遅れと無音の聞きたさ(?)に、よく打っていたものだ。

その「遅れ」はビッグorプラムなのだが、この台には小役カウンターがついており、小役の低確率状態は1394分の1という確率のため、直近の数ゲームで小役がよく揃っていた明らかに低確率状態での「遅れ」はあまりに熱かった。

「無音」は問答無用のビッグ確定。この「無音」の違和感とその後の恍惚。そして、オリンピアの伝統である「ズレ目」。液晶や4thリールなどなくてもスロは楽しいと再認識させてくれる素晴らしい台であった。

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パチスロはどこへ行く

このホットロッドクイーン、バニーガールとは全く違い設定1でもフル攻略時は機械割が99.9%という激甘台で、ちゃんと打っていれば誰でも勝てる台であった(私は負けていたが。)。

私がスロットを始めた頃の2号機から、裏モノ全盛の3号機、そして狂乱の4号機。北斗・吉宗あたりの時代は、毎日が祭りだった。

そして狂騒後のお決まりである規制が入り、5号機以降はめっきり打つ事も無くなってしまい、6号機に至っては見たことも触ったこともない。

パチスロはどこへ向かうのか、私がまた触ってみたいと思うような台は出るのだろうか。

続く

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