私のギャンブル履歴書~その3 4号機といえばこの台だゾ

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私のギャンブル履歴書と称して、初めて打った台からはじめて、次にハマったバニーガールの事を書いたが、ここからは思いつくままに時系列は無視して書いていこうと思う。

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狂乱の4号機

2021年となった今、閉店ラッシュを迎え、斜陽産業とまで言われるようになったパチスロ(パチンコ)産業であるが、2003年の「北斗の拳」をピークとした4号機の時代は「スロッターにあらずんば人にあらず」とまで言われた(言われてないか。)ほど隆盛を極め、朝から晩までスロの話をしていたという人も多いのではないか。

そのモンスターマシン「北斗の拳」は62万台という途方もない売上を記録したが、それまでは1993年の発売から10年あまり売上トップに君臨し続けた歴史に残る名機「ニューパルサー」の23万台が1位であった。

なお、2位は「北斗の拳SE」の34万台、3位は「押忍!番長」の26万台。以下4位吉宗26万台、5位ニューパルサー23万台、6位アイムジャグラーEX、7位大花火20万台と続く。そのどれもがゲーム性・出玉ともに素晴らしく、今でもその興奮は忘れられない。

しかし、ランキングは10位で14万台とそこそこの数字であるが、4号機を「狂乱」と言わしめ、パチンコ業界を30兆産業にまで押し上げた、ある衝撃の台こそが4号機の代表に間違いない。

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その衝撃

「純ハズレ」という、今までは小役でもボーナスでも何でも無かったその役、いや役でさえ無かったものを、最も熱い役に変えた。こんなことよく思いついたものだと思う。

毎ゲームほとんどの役が成立しているが、リール制御により揃わないようにしておき、あるモードに入るとその小役の揃え方を告知して揃うことができるようにする。そして、そのモードへの移行契機となるのが、何の役も成立していない「純ハズレ」というのがまた凄い。

そのモードの名前は「サバンナチャンス」こと「サバチャン」で、その台の名前は「獣王」である。このサバチャンの音楽とモチーフとなった「ライオン、ゾウ、ダチョウ」の鳴き声がまたいい。本当にサバチャンの間はトランス状態だった。というか、もうその音楽を聴いただけで今でもハイになるほどだ。

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獣王の思い出

私の獣王との出会いは、何と冬の札幌(私は大阪在住)。発売当初は、そのゲーム性があまり理解されないこと、目押しが必須のため万人向けでは無かったことなどから、あまり注目はされていなかったからか、新装にもかかわらず空き席もチラホラ。

人気だったのは、大阪では見かけたことの無いタイヨーの「エイトマン」という2ラインのへんてこな台で、前日の店の出玉ランキングも上位は全てこの「エイトマン」だった。まあ、普通に考えて裏モノだろう。

行った店は、当時札幌では最も有名だった「ベガスベガス」という店で、谷村ひとしなどもよく取り上げていたような気がする、とにかく人気店であった。

3度の飯よりスロが好きというくらい打っていた私も、情報としてサミーからそんな台が出るのは知っていたが、やはりよく分からない台という事もあって、あまり興味はなかった。動物がモチーフという事もあって、見た感じもあまり綺麗とは言えず、また台の上部の液晶が入りそうな枠が単なる「獣王」と書かれたパネルなのもチープな感じがして、打ちたくなる要素は全く無かった。

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初獣王

その後、その爆発力や、「NNN=何が何でも7千枚」などと言われた設定6の特別扱い、中毒性のあるサバチャンなど、SNSなどない当時口コミで広がってあっと言う間に人気機種となり、私も打ってみることにした。

場所は天六のトゥオーノ(TUONO)というアルゼのモニター店。こちらも当時はかなりの人気店で、店の半分近くを占める大花火にも設定が入っており、毎日万枚が出ていて、その記念写真が一杯貼ってあったのを覚えている。

その日仕事を終えてフラッと立ち寄った私は、とうとう獣王を打ってみようと思うも満席。出ている台のお祭り騒ぎと、出ていない台の静けさのギャップにビビりながら、しばらく見ていると、ようやく1台空きが出た。

まだ情報があまり無い頃で、基本的には私も周りも順押し。なので、純ハズレも見分けにくい。そして、幾らか突っ込んだところでビッグ。ビッグ後が熱いのは、その頃から知られていた。

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初サバ

そして、何だか演出がうるさくなって「ひょっとして?」と見ていると、ドットに「A」が降臨。大注目を浴びると同時に、私は時計を見た。8時30分くらいだったか。閉店は10時30分だから、あと2時間。足りるのか?

直ぐに下皿にタバコを置いて(今は禁煙してもう10年以上。なお、吸っていたのは甘い甘いピースライト)席をはずし、嫁さんに電話する。「ちょっと遅くなるかも知れない。」と。

ちなみに、嫁もスロッターで、「ハードボイルド」で朝イチにAR1000を引いてそのARで一撃9,000枚を超えた猛者である。

目押しには自信があったので、AR10もAR30も1枚のこぼさずにゲット。なお、AR+1の情報はまだ無かったが、知った後もさすがにそれは取ろうとまでは思わなかった(そのレベルの目押しということ)。

ひとまず単サバはクリア。ただ、当時はまだ連チャン数が奇数とかいう情報も無い頃だと思うので、2個目が来て安心ということも無かった。

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細いツキ

結果的には3連で終わり、そのビッグと3サバ(30G,10G,30Gだったと思う)分は9時過ぎには無くなっていたと思う。同じようなことが数年後の「巨人の星3」の「猛特訓じゃ!」でもあった。

昨日、スマホで無料で見た「麻雀放浪記」で、若き日の「坊や哲」と「ドサ健」が出会うシーンで、流れに乗ってきたドサ健が一旦引いて「ケン」に回った場面があった。坊や哲が「勢いのあるあそこで何故止めたんだ。」と聞くとドサ健はこう言った。

「俺は自分のツキの細さを知っている。だからあそこで止めたんだ。」

そう、私も自分のツキの細さは知っている。超えたら熱いと言われるサバチャンの11連は超えたことがないし、あれだけ打った北斗も最後まで昇天できなかった(17連が最高)。

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明日があるさ

万枚はたったの1回で、その次の自己記録は9,997枚。1ゲーム打たなきゃ万枚だった。相性のいい台は何故か撤去され、そういや初代ナナシーで2万もハマって、やっと来た全回転に、店員も「良かったな、兄ちゃん。」と言われたが、右下のコインがクルッと回ってハズレ。確か信頼度97%位あったはず。

吉宗はあまり打たなかったが、唯一朝から晩まで打った日に、ビッグ20回ひいて「カキーン」なし。そう、私はとにかくツキが細い。

もう、6号機となった今リベンジはできないが、その分違う博打で勝ってみたいと思う。そのためにはドサ健よろしく自分のツキの細さをよくわきまえていかなくてはいけない。明日は頑張ろう。

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