私の競馬履歴書~その2「ファミコンで馬券」

私の競馬履歴書
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ファミコン

商品名が一般名詞化したものとしては、「ゴキブリホイホイ」(ゴキブリ捕獲器?)や、「ホッチキス」(ステープラー)などが有名であるが、(家庭用据置ゲーム機)も、それがプレステだろうが、スイッチだろうが、特に年寄りは全部「ファミコン」と呼んでいる。

ちなみに私も、もう50歳を超えて年寄りに一歩足を踏み入れているところであるが、平安京エイリアンやトランキライザーガン時代からのゲーム好きなので、そこはきちんと呼び分けているが、大勢の女の子が集まっているやつは全てAKBと呼んでいる。みんな同じ顔にしか見えない。

私がファミコンを買ったのは、受験真っ盛りの中三の冬で、買った理由は「ファミコンでゼビウスとマッピーができる。」という良くある理由である。それからはダビスタ・メガテンにハマり、ディスクシステムのゼルダ・鬼ヶ島にハマり、最後は8,000円近く出して信長の野望までやっていた。

そんなファミコンでなんと馬券が買えたのをご存じであろうか。通信アダプタとなるカセットを差し、そこに電話線を繋ぐ。もちろん、その間は電話は使えないが、そんなことは関係ない。通信にも時間がかかり、快適とは言えないが、それでも自宅で馬券が買えるなんて画期的であった。

もちろん、電話投票という直接オペレーターに購入する馬券を伝えるシステムはあったのだが、入会金が10万円くらい必要となる上、抽選がなかなか当たらないため、当時は場外馬券場か競馬場に行かなくては馬券は買えなかったのだ。

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難波と道頓堀

当時、私はとある大阪府の南のほうの大きな古墳がある、今は政令都市となった大きな市に住んでいた。馬券を買うとなると、それも100円単位で買おうとなると、まずは競馬場だが、淀の京都競馬場も仁川の阪神競馬場も、行くには少し時間がかかる(と言いながら、開催している時は原則、競馬場へ行っていた)。

となると馬券売り場だが、それは近い方から難波、道頓堀、梅田と、いくらでもあったところ、道頓堀と梅田は基本的に100円単位で買えないため、私はいつも難波(一番近いし)に行っていた。今は亡き大阪球場の、縁(へり)にあった難波の馬券売り場は、西成にも近く、怒号の飛び交うなかなか香ばしい売り場だった。

阪神競馬場も改装前はなかなかの鉄火場で、特に12月などは冷えており、寒風の吹き込む半地下様の馬券売り場で、金を惜しんで食う自動販売機のカップヌードルは、自虐と至福、寒さと温もりの混ざった、生きている実感を感じすぎる体験だった。

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在りし日の競馬

ダビスタやウマ娘に代表されるデジタルな競馬、カップルや家族連れで賑わうポップな競馬もいいが、食う金や帰りの電車賃を賭けたディープな競馬の張り詰めた空気は、堪らない。

「これが外れたら、今日はメシ抜き。しかも梅田まで歩きや。」というレースで当たった時の「してやった」感。「それ見たか」と勝ち誇っているが、その実、誰も見ちゃいない。

そんな在りし日の競馬を懐かしく、愛おしく思う。少し思い出語りで説教染みてきたが、私の尊敬する高田純次が「年いってやっちゃあいけないのは、思い出話、自慢話、そして説教」だと言うから、気をつけなくてはいけない。

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