私の競馬履歴書~その3「初めての万馬券」

私の競馬履歴書
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ざわざわ

私の高校時代の思い出と言えば、「麻雀」に尽きる。授業をサボり、学校の部室で紙マージャン。牌とは違って、即ツモ来い!と、牌を卓のヘリにぶち当てるような迫力はでないが、それでも、嶺上(リンシャン)で小四喜(ショースーシー)の北(ペー)単騎をツモった時は、紙が折れるかと言わんばかりに力が入ったなぁ。

ゲーセンでも麻雀、読み物と言えば「近代麻雀」にオリジナル。今思えば、豪華なラインナップである。「スーパーヅガン」の片山まさゆきは、一般誌のヤンマガで「ぎゅあんぶらあ自己中心派」を連載するに至り、「はっぽうやぶれ」のかわぐちかいじは、のちに「沈黙の艦隊」という大ヒット作を世に出している。

「哭きの竜」で開花した能條(のうじょう)純一は、「月下の棋士」で小学館漫画賞を受賞し、森田剛の主演でドラマ化もされた。そして、なんと言っても福本伸行がいる。

近代麻雀オリジナルで連載された「熱いぜ辺(ペン)ちゃん」、当時のイメージは「絵が下手」というだけのものであって、何の印象も残ってはいない。まさか、「カイジ」「アカギ」などでここまでメジャーになるとは思いもよらなかった。当時から「ざわざわ」は使っていたような記憶があるし、何年経っても絵が変わらない。ある意味すごい。

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マンシュウ

そんな、読み漁った麻雀漫画の中で、いつも疑問に思っていたことがひとつある。それは、満貫を上がったときにたまに見受けられる「マンシュウ!」という台詞だ。

当時はただ何となく、「マンガン」と「マンシュウ」という似た語句の語呂合わせで、「マンシュウ」は「満州」だと思っていた。ゴールドラッシュじゃないが、当時の満州で儲けた日本人の姿と、満貫を上がって儲けたあたりを掛け合わせているのだと思っていた。

その「マンシュウ」が「万舟」であることが分かったのは、競馬に遅れること10数年で「競艇」を初めて買い出した時だった。馬券だから「万馬券」、舟券だから「万舟」、ちなみに競輪では「万車券」、そういうことだったのだ。

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万馬券

そんな私の初万馬券は、忘れもしない金杯で惨敗した後の最終レース。1991年の1月5日というから、競馬を始めて1年半を過ぎたあたり。遅いと思われるかもしれないが、当時は馬連さえない時代で、万馬券と言えばほぼ枠連のゾロ目に限られ、それもなかなか出ないので、むしろ早いほうだろう。

私の初万馬券もやはりゾロ目の5-5で、15,180円ついたのを300円買っていたから、45,540円という当時ではかなりの大金だった。しかし、その年の10月5日には馬連の発売が開始され、万馬券など当たり前となり、今やWIN5なら「億」という配当も普通になってしまったため、たいした金額に思えなくなってくる。

それは、もちろん喜ばしいことなのだが、当時「万馬券を取った」というのは、馬券を買う者としての大きな目標であったし、それだけで自慢になっていたのが、今や当たり前(といっても随分取れてないが)となったのが少し寂しい。

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