松本勝也選手を偲んで

競艇
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事故の概要

尼崎競艇場で行われていたG1「第63回近畿地区選手権」の4日目(2020年2月9日)の第9レースにおいて、6号艇の松本勝也選手(48)が、1周目の2マークでのターンの際に転覆・落水し、後続の5号艇と接触し、直ちに救助艇により救助され、病院へ搬送されるも既に心肺停止状態であり、病院で死亡が確認された。

ボート松本勝也選手がレース中の事故で死去/尼崎 - スポーツ : 日刊スポーツ
ボートレースのトップランクA1級のベテラン松本勝也選手(兵庫支部)が、開催中の兵庫・尼崎ボートのG1近畿地区選手権4日目第9R、1周2マーク旋回時に転覆。その… - 日刊スポーツ新聞社のニュースサイト、ニッカンスポーツ・コム(nikkansports.com)

競艇における死亡事故は、本件が31件目であり、尼崎競艇場では、2004年に中島康孝選手が消波装置に激突した事故以来となる2件目である。

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松本勝也選手

1991年5月にデビューしたのは、奇しくも今回の事故となった尼崎競艇場であった。同期(68期)には、SGウイナーの野澤大二(総理大臣杯)、高橋勲(全日本選手権)らがいる。

松本選手には、SG・G1勝ちは無い(G1の優勝戦2着がある)が、1996年以来24年間A1級を維持し、コンスタントに大レースにも出場している一流選手であった。

73歳まで現役を続行し、71歳で優勝した加藤峻二選手(2015年引退)や、現在も現役である高塚清一は72歳と、競艇は他の競技に比べて選手生命は長く、松本選手もまだまだこれからの活躍が期待できたはずである。

物腰が柔らかく、非常に人望のある選手であり、若手選手からは慕われ、ファンからは「勝っちゃん」の愛称で親しまれた、兵庫を代表するトップレーサーであった。

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競技と事故

F1などのモータースポーツ、そして競馬や競輪といった公営競技、どちらも常に死と隣合わせであることは、選手もファンも承知であり、不可避であることも承知の上で常に選手も試合に挑んでいる。

しかし、それが分かっていても、やはり残念でありやり切れない思いは残る。競馬では19名、競艇ではこの事故を含んで31名、競輪(約50名)・オートレース(約100名)もの選手が、不幸な事故により命を落としている。

毎日レースは行われ、転覆や落水もよくある事である。そこにある程度の「慣れ」が生じるのは仕方ないが、このような事故が起こった時だけではなく、常に事故の防止に繋がる措置を講じる必要がある事を忘れてはいけない。

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競艇における事故

競艇における死亡事故は、概ね次の態様に分けられる。

・ 壁などへの激突

2004年、尼崎競艇でのレース中、ターンで大きく膨らんだ中島康孝選手(26)が、壁際の消波装置に激突。脳幹損傷により死亡

2013年、下関競艇におけるレース前の試運転時に、鈴木詔子選手(48)のボートが暴走、壁に激突し、脳挫傷により死亡

・ 転覆により落水したところに後続艇が激突

2003年、「競艇界のニューアイドル」と言われた人気選手、木村厚子選手(38)が、津競艇場におけるレース中、失速し転覆。後続艇が乗り上げる形で接触、受傷した。頸髄損傷、脳挫傷により死亡

2007年住之江競艇において、坂谷真史選手(26)は、2周1マークで他の艇と接触し転覆。落水後に浮上したところに、後続艇が突っ込む。脳幹裂傷及び頭蓋骨骨折により死亡

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冥福を祈る

レース中の事故は、避ける事はできないであろう。しかし、壁に激突した件については、クッション性のある素材を壁に使用する、壁の構造を工夫するなどの方法により、命を奪うまでの事故には至らなかったかもしれない。

事故は不可避であり、仕方ない部分もあるが、それをそのまま受け入れるのではなく、できる事はやってほしい。松本選手もプロとして自分の死は受け入れるであろうが、避けられたはずの事故はあってはいけない。

松本選手の事故を風化させてはいけない。冥福を祈る。

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コメント

  1. イケナイアキラ より:

    めちゃくちゃ悲しいです技術技量のいるスポーツですワンチーム、他国とは違って自分自身との戦いです命と向かいあい日々の練習は欠かせないと思う。
    無事故完走で技量と感動を
    これからも魅せて下さい❗

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