予想をダメにする31の要素~その3「調教」

予想をダメにする31の要素
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第3回目のお題

予想をダメにする要素として「騎手」「斤量」と挙げてきたが、第3回はそんなダメ要素の中でもダメ感の強い「調教」をお題としよう。

調教というのは、本当にくせ者かつ微妙な要素である。要するに馬の調子を見る又は成長力を見るということなのだろうが、調教でいくら調子が良くても当日急に調子を落としたり、イレ込んだりすれば意味が無いし、成長力を見るというのなら、他の馬も成長しているのだから、他の馬との比較も必要となる。

また、基本的は調教のタイムを見ることになるが、コースによって出るタイムに差があり、それらを覚えきるのは大変であるし、さらには当日の調教コースの天候によってもタイムは変わるし、調教の時間によってもタイムは変わってくる。

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ゲームとは違う

ダビスタ、と言っても私は古いファンなので、ファミコンの初代ダビスタから、初代プレステのダビスタくらいまでしか知らないが、ゲームの調教では芝でスピード、ダートでパワー、併せ馬で勝負根性を磨き、調子が変わる。

と、ゲームの調教はシンプルで分かりやすいが、実際には芝でスピードが上がるなんて事は無いだろうし、併せ馬したくらいでそんなに簡単に調子を変えることなどできない。

さらにはコースの違い(坂路やウッドチップなんてのもある。)や、コースの内外の何分目を走ったかというコース取り、併せ馬、それも2頭で合わせたり内外3頭で併せたり、と調教の手法は多種多様であり、それがレースにどう影響するのかを見極めるのは、相当の調教プロでないと無理というもの。

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そもそも論

そもそも、予想をする際に調教はどれほど使用されているのだろうか。専門誌では1頭それぞれの詳細な調教過程が登載されているが、スポーツ紙では簡略化され記号や数値だけで評価していることが多い。

また、最近はスマホやパソコンのデータだけで馬券を買う人も多くなっている(というか、むしろ多数派?)が、そんな人たちは調教のデータはあまり見ていないのではないだろうか。

少なくとも私は、スマホでJRA-VANを見たり、パソコンでTargetJVをやっている頃は、調教は全く見ていなかった。1頭1頭の調教を見るのが時間的にも厳しく、データを見るので精一杯だったからだ。なお、新聞を買っていた頃は、調教欄は必ず見ていたし、予想に対する比重も大きかった。

というか、調教欄がどれだけ見られているかどうかではなく、レースに出る以上は基本的には全ての馬がきっちり調教してあって、そもそも調教は見る必要がないという意見さえある。

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調教とは何か

「レーシングプログラム(競馬場で配布する、成績や予想オッズなどが載っていないシンプルな出馬表。)を片手に、パドックで馬を見ただけで買う。」というのが、競馬ファンの理想の「行き着く先」だと思うが、調教を極めるというのは、それに近いものだと思う。

馬そのものだけを見て、予想するということが、競馬ファンの「憧れの姿」であったり、「玄人っぽい」ことから、何か高尚というか1つ上のランクにいるような想いを抱かせる、そんな力が「調教」にはある。なお、これは「血統」にも通ずるものだ。

また、前走や実績から予想すると、どうしても人と似通った予想になってしまい、当たっても安いし差をつけることができない。そこで「調教」を使い「自分だけの本命・穴馬」を見つけようというものでもある。

しかし、仮に、疲れもたまり調教がボロボロで絶不調のディープインパクトが、生涯イチ最高のデキの未勝利馬と戦ったらどうなるか。これは言うまでもなくディープインパクトの圧勝だろう。

そこまで極端ではなくとも、好不調がレースの順位に与える影響は実はそう大きくないし、プロの調教師が仕上げてくる以上、出走馬のデキはほぼ一線ではないのだろうか。

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調教の使い方

とは言っても、ここまで新聞などで長く取り上げられているもあるし、レースを見て調教(調子)が良かった事が勝因と思われるというレースも有るのは事実であり、調教を見ることが全く意味がないとは思えない。

よって、メンバーの力差が少ないレースで重視してみたり、最後の二者択一に利用してみたりといった使い方が「調教」の正しい使い方だろう。

しかし、その場合も、調教を自分で見るのはかなりのスキルと時間が必要なため、新聞やサイトなどの点数や短評を頼りにすれば十分である。そこに時間をかけるくらいなら、やはり前走や実績の分析に時間をかけた方が良い。

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まとめ

調教というのは非常に奥が深く、覚えることも多い上、出走馬の横の比較だけでなく、その馬の前走などの縦の比較も必要である。

また、調教だけ走る馬もいれば、調教では全く走らない馬もいる。よって、調教という要素は、付け焼き刃では痛い目に会うだけであり、生半可に利用するくらいなら、「出走馬は全て同じ仕上がりである」との前提で、いっそ無視するほうがいい。

そして、最もやってはいけないのが、(余程の場合を除いて)事前の予想などを調教でひっくり返さないこと。もちろん、結果的に調教どおりになることもあるが、その結果は調教だけが原因かどうかも分からない。

ちなみに、一時期調教にハマった私であるが、今は全くと言っていいほど見ていない。それで収支はどうなったかって?結局、収支は何も変わっていないから、私が勝てない原因は調教どころか、もっと深いところにあるようだ。

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